槍沢：あの、バカ社長め……。愛人に入れ上げるくせして、ちょっと経営が傾いたら勤続二十五年の社員をリストラか……。
　　　私がどれだけ、言霊商事のために身を粉にして働いたと……。まあ、それも今日までだ。
　　　あと三分で列車が来る。それに飛び込めば私の人生もおしまいだ……。

栃城：（槍沢の肩を叩く）すみません。
　　　さっきから様子がおかしいのですが、もしや自殺しようとされているのですか？

槍沢：そ、そんなことないですよ……！　それに、仮にそうだとしてもあなたに止められる筋合いはないですよ！

栃城：そんなことないですよ！　あなたに死なれては困るんですよ！
　　　私、これから時刻表トリック使って殺人をするんです。ここであなたに死なれたらダイヤが乱れて計画が台無しになるんですよ！

槍沢：

栃城：いいですか、ここから三つ先の駅で点検用の特別編成で貨物列車が止まるんです。
　　　当然、時刻表にも載っていない今日だけの幻の列車です。それに隠れて乗り込めば完璧なアリバイができます。
　　　だから、あなたには死なれちゃ困るんです！

槍沢：衝撃が強すぎて処理しきれないんですが。あなた殺人犯なんですよね？

栃城：はい！　……まあ、実行はこれからですけれど。
　　　いいですか。自殺なんてバカなことを考えちゃダメだ！
　　　命はなによりも大切にしなきゃいけないんですよ。人の命っていうのはね地球よりも重いんですよ！

槍沢：これから人を殺そうって人が言っても説得力無いですよ。
　　　ていうか、さっきから疑問なんですけれど、これから殺人するってこと喋っていいんですか？

栃城：まあ。どうせ死ぬんだから言ってもかまわないかと……。
　　　お願いします！　死ぬにしても、今日だけは……今日だけはやめてください！　せめて明日に！

槍沢：なんであなたの都合に合わせないといけないんですか！　……なんか、腹立ってきた。絶対に今日死んでやる！
　　　……こっちはね、今日二十五年勤めた会社をリストラされて自暴自棄になってるんだよ！

栃城：リストラですか……。確かに、辛いことだとは思います。前向きになる気力が出ないかもしれない。
　　　でもね、そんなときは沖縄に行きましょう。沖縄のどこまでも青い青い海を見ましょう。
　　　そうしたら人間の抱えている悩みなんてちっぽけなものに感じられますから。
　　　そして、青くて広大な海に潜りましょう。なんだったら勉強してスキューバダイビングの資格も取っちゃいましょう。
　　　沖縄の海に思う存分癒されて前向きになれたら…………
　　　そのとき、自殺しましょう！

槍沢：結局、死んでほしいんじゃないですか！　だったら、今日ここで死んだって……

栃城：ダメですよ！　人の命は地球より重い！
　　　それでいて人の命は紙切れよりも簡単に失ってしまう。実際、このあと私がナイフで一突きすれば……

槍沢：殺害方法とかどうでもいいですから！

栃城：とにかく、そんな死ぬだの思いつめる前に沖縄に行きましょう！　沖縄の海はすべてを忘れさせてくれる！

槍沢：まずあんたが沖縄行けよ！　そんな殺すだのなんだの思いつめる前に！

栃城：行きましたよ！　沖縄！
　　　海に潜ったらすべての心が洗われていくようで悩んでいた自分がバカらしく思えましたよ。
　　　生まれて初めてスキューバをやったんですけど素晴らしい体験でしたよ。
　　　そして、陸にあがってまず思いました。……あいつを殺そうって。

槍沢：海に潜った効果、速攻で霧消してる！　もはやスキューバ習い損じゃないですか！　ていうか、あなたはなんで殺人なんてしようと思ったんですか？

栃城：あいつは……あの男は、私が人生をかけて愛した妻を金と権力で奪っていったんだ！
　　　それが憎くて、憎くて……。あの男、言霊商事の社長を殺すと決めたんだ！

槍沢：！　あ、ああ。そうなんですか……。
　　　…………よし！　わかりました。今日、自殺するのはやめます！

栃城：ほ、本当ですか！？　ありがとうございます！
　　　…………あれ？　なんだかさっきより目が輝いてますね。

槍沢：なんていうか、あなたの話を聴いているうちに、もう一度頑張ってみようっていうか、生きる気力がみなぎってきまして。

栃城：ホントですか！？　いいですねえ！　ああ、でもちゃんと自殺はしてくださいよ！
　　　あ、電車が来た！　よし、それじゃあ、張り切って殺人してきます！（電車に乗り込む）

槍沢：（栃城の乗った電車を見送ってから）
　　　　……………………スキューバでも習うか。